ワシントン条約

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ワシントン条約

今から二十年前、一九七二年(昭和四十七年)六月、スウェーデンのストックホルムで開かれた国連人間環境会議で、「野生動植物の種の国際取引に関する条約」の早期制定の勧告が出され、これを受けてよく一九七三年三月、アメリカ・ワシントンで採択されたのが「ワシントン条約」と呼ばれるゆえんである。正式には絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約といい、日本の加入は一九八ゼロ年(昭和五十五年)八月であり、現在この条約の締結国は百十三ヵ国である。
いま、地球の環境問題には全世界の関心が高まるばかりであり、人間の生産活動が活発になるにつれて、地球上の生態系の破壊は急速に進んでいる。私たち人間が、毎日の生活の快適さ、便利さを追求し続ける中で、実は多くのものを失って生きつつあるのである。「地球は人類」という一つの種だけのものではないので、地球上に住む野生動植物を絶滅させてはならないことは言うまでもない。私たちは未来永却にこれを守っていかなければならない。ワシントン条約の精神は、この貴い理念から生まれたものである。この会議は原則として二年に一回開かれ検討されることになっている。
象にはアフリカ象属、アジア象属、マンモス象属、ナウマン象属の四属があり、現在はアフリカ象とアジア象の二種が生存しているのみで、現世界最大の陸上動物である。雌、雄とも八~十二歳で繁殖可能となり、寿命は六十~七十とされ、妊娠期間は約二十二ヵ月で、一産一子で、雌の繁殖サイクルは約四年といわれている。成象は一日焼く三百キロの食物をとるとされており、したがって一頭の像には平均三六〇ヘクタールくらいの広さが必要であるといわれている。
一九八一年(昭和五十六年)(別表参照)に百二十万頭から一九八九年(平成元年)には約半分の六十万頭まで減少したと推定され、生息面積も縮小してきている。このような状態では、近いうちに絶滅しかねないということで、全面禁止が必要となった理由であるが今回の京都国際会議でも、
(1)象の個体数は安定しており、絶滅の危機とはいえない。
(2)象牙の収益は生息地域や村の保護区へ還元したい。
以上二項の条件付でⅠからⅡへの移行を要求されたが、結局前回締結した事項をすぐに変更するということは問題があると現状維持とすえおかれることとなったのである。
例えばアフリカ象は、象が減った東部アフリカ、ケニアでは一九八九(昭和六十年)に象牙製品のすべての取引が禁止されたことによって、象牙のヤミ取引価格がキロ当たり三ドル程度となり、以前に比べておよそ十分の一に下落したため、危険を冒して密猟することがなくなり、結果は象の保護につながって、有益な観光資源になっているのが現状である。
一方、南部アフリカ、ジンバブエではどうか、彼らの食料元であるトウモロコシや雑穀は、象の集団に食い荒らされて、象の自然増と共に、一日三百キロも食べるため農作物への被害はますます増加をたどり(「象は害獣だ」と彼らがいっているのが現実である。
この二例で顕著なように、問題はその保護のあり方に議論されなければならないと思う。これが今後のワシントン条約の構成に深く関係してきていると思われる。象牙の取引はⅠ類で現状維持になったが、野生生物の商取引が柱と生態系の保持に有益でありえるかが、難しい問題であると思われる。
「附則」
◎一九八九年ローザンヌでの象の攻防(平成元年)
スイス、レマン湖のほとりにあるローザンヌで、十月第七回ワシントン条約締結国会議が開かれた。主にアフリカ象を、条約の付属書Ⅰにランクを上げるかどうかということの会議である。
▲付属書Ⅰへの賛成国
ケニア、タンザニア、ソマリア、オーストリア、ハンガリー、アメリカ
▲ 付属書Ⅱへの賛成国
ジンバブエ、南アフリカ共和国、ボツワナ、モザンビーク、マラウイ(しかし許可制で、管理下での取引可能案)
ジンバブエの案は、反対七十票、賛成二十表、棄権二票で採択に必要な三分の二にみたらず否決される。
◎紛糾する中、ソマリアから修正案が出された。
アフリカ象は付属書Ⅰにするが二年の語の日本の京都会議で絶滅の恐れのない地域個体群については、付属書Ⅱへの格下げを再検討するという提案があり、これを採決する。賛成七十票、反対十一票、棄権四表で採決された。これにより象に関するすべての商取引は一時全面禁止と決まったのである。
◎第八回一九九二年(平成四年)、ワシントン条約締結国会議は第七回(スイス)で、第八回は日本(京都)で開催されることが決議されている。われわれ業界も日本の象牙取扱いの業者全般の問題と関心のある会議である。
スイスの会議では前述の通り、アフリカ象が付属書Ⅰとなり、あいかし像の絶滅の恐れのない地域個体群が付属書Ⅱへの格下げがなるか否か、業界にとっての大きな問題である。この国際会議の開催を前にして筆者は一九九一年(平成三年)九月四日に、全国印判用品卸商工業組合連合会の会長としての立場もあり、山梨県下の同業者の浮沈問題であるので、山梨県印判用品卸商工業協同組合理事長一瀬新蔵と、山梨県印章業組合連合会会長小宮山彰を伴い通商産業省へ出向し、当時の通商産業大臣中尾栄一先生にご多忙の中を時間をさいて頂き、常識では考えられないという、約三十五分くらいの時間を頂き、かつ湯茶の接待もあり、親しく懇談を頂き、象牙の国際取引等に関する要望書を提出し、ご検討と要望へのご努力をお願いすることが出来た。
要望書
通商産業大臣 中尾栄一殿
(一)わが国象牙業界が、違法象牙の取締りを完全に排除し、さらに象の保護のために努力していることを、各国政府に知らしめ、併せてⅠ類移行を阻止するための外交的御努力を御願い致します。
(二)私共山梨県の地場産業としての印章業界の内、象牙の輸入が出来なくなることは、全県か約三千人の生計を立てている者にとって死活問題であります。仮にⅠ類に移行した場合は留保していただきたく印章業界の象牙の存続のためにご協力御願い致します。
平成三年九月四日
全国印判用品商工業組合連合会会長 茂手木勇 印
山梨県印判用品卸商工業共同組合理事長 一瀬新蔵 印
山梨県印章業組合連合会会長 小宮山彰 印
六月十五日、象牙業界が発表した要望書
日本軽工業品輸入組合
日本象牙美術工芸共同組合連合会
東京象牙美術工芸協同組合
大阪象牙美術工芸協同組合
我々は数百年にわたり象牙を原材料として、美術工芸品、伝統和楽器及びピアノ製品、印章、装身具等の製品を製造することを盛業としてきた者の集まりです。東京・大阪を中心に全国の象牙加工業者約八十社、専従者役六百人、その他に輸入業者、小売業者等関連産業従事者約三万人(年間生産額は約二百億円)が、象牙によって生計をたてています。
従って我々は、現在アフリカ象の個体数が急激に減少していることを強く憂慮するとともに、密猟、密輸入が撲滅され、アフリカ象の保護管理が十分になされることを強く希望しています。
現在でも我々は、ワシントン条約及び他国より厳しい政府の規制を遵守し、一切の違法な取引を行っていないばかりか、輸入量を最大事の四分の一以下に減らし、更に象牙の売り上げの一部をアフリカ象の保護のために、ワシントン条約事務局に拠出する等世界的にも高い評価を受けています。
我々の願いは、アフリカ象が再生産可能は範囲で取引され、伝統的な産業が途絶えないよう細かくとも長く家業を続けていきたいということであります。
従って生態学的にみて絶滅の危機に瀕している原産国のアフリカ象の取引が禁止されることに反対するものではありませんが、原産国の意向を無視して十分に保護管理がなされている原産国まで含めて全面的に取引が禁止されることには反対です。
しかしながら我々は、今後とも伝統的な産業を守り、細くとも長く家業を続けていくために現状を放置するわけではなく、業界として以下の提言を行い、我々が行うべきことは速やかに実施する旨決議を行いました。
どうか我々の意見をご理解され、ご協力いただけますようよろしくお願いいたします。
また、日本政府におかれましては、以上のような我々の努力をご高察の上、アフリカの自然を守り、アフリカ象保護のための基金を設置する等関係国国際機関やアフリカ原産国への資金協力を行っていただきますようお願いいたします。
決議
一 我々は、印章等に象牙の代替品を取り入れることを進め、より合理的な材料の利用を図り、輸入する象牙の量を大幅に削減することを決議した。
二 我々は、象牙の加工品(くずを含む)の輸出入取引を一切行わないことを決議した。
三 我々は象牙資源の持続的な利用を図るために、いわゆる駆け込み輸入は自粛する。
四 我々は、現在までワシントン条約を遵守して違法な取引を一切行っていないが、さらに今度は密猟や密輸入に関係が深いと思われる疑惑のある仲介業者との取引は一切行わないことを決議するとともに、必要あるときは、証拠を揃え、違法な仲介業者名を当局へ通報することも考えている。また、違法な仲介業者を排除するために、原産国との直接取引を進め、原産国が直接経済的利益を得るようにする。
五 我々は、今後アフリカ象保護のために原産国への直接的援助も考えていきたい。
六 アフリカ原産国の同意を得てCITES事務局の管理のもとスイスに象牙の中央入札所(Ivory Central Auction)を設置し、取引高の一〇%を賦課金(Tax)とし徴収することを提言したい。
また、この賦課金のうち一〇%をCITES事務局象牙部門(Ivory Unit)の経費に充当し、残り九〇%については、アフリカ原産国に提供し、アフリカ象保護のために役立ててもらう。これに伴い悪徳業者の入り込む余地はなくなるものと思われる。

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