象牙保護問題

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象牙保護問題

明治中期より発展してきた山梨の印章は、長い戦争という暗黒の中を抜けて戦後すばらしい再発展を見ることができたのも主力の印材があったからである。象牙の輸入があったためと申しても過言ではない。印章業界は象は神様であったのであるが、昭和五十五年ワシントン条約締結会議に、わが国も加盟したのであるが、平成二年六月より、第七回スイス(ローザンヌ)の国際会議で初めて象固体の保護問題が議題となり、国際取引の第一種(前面取引禁止)に決定したいということになり、第八回目日本(京都市)での総会では、一種へ移行が条件付きとして決議されたのである。
この決議により印章業界は大きな打撃を受けることになった。特に山梨県の業界関係者に大きな影響を与えたことは事実である。
平成三年末、日本の業者の象牙材の保有量は約三百~三百五十トンくらいとすいていされ、輸入が今途絶えても二~三年の需要には事欠かないことになると考えていたが、市場は完全にストップの状態であり、業界は暗黒の中に入っていった。その理由を例示すると次のような理由となる。
(1)動物愛護の文字がそのまま心情的に社会の購買力を低下させた。
(2)象牙材の便乗値上げとも取れる業界の対応に不信を持った。
(3)全国の百貨店が、象牙製品を店頭から排除し、不買宣言的な行動に出た。
(4)一部の悪徳霊感商社による超暴利販売と、商い方法への反発運動が重なった。
(5)日本再建信用銀行本店や、一部の官庁で、野生動物保護運動におびえて象牙材の普及に踏み切った。
これらの要因があり、県下はもとより全国の印章業者の受注は著しく減少することになった。そのため、印章ケース業者や、関係ある業者はすべて打撃を受け、伝統産業といわれている印章業界は大きく変革を迫られた。将来への再建に思いをはせることが急務である。

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