山梨県印章業の発展

目次へ戻る

<前のページ次のページ>

山梨県印章業の発展

前述の通り印章王国山梨は、水晶研磨技術の発展と平行して著しく伸展するのである。明治二年(一八六九)国内の水晶原石の採掘が自由になると、同六年に着任した藤村紫朗県令(県知事)は殖産工業発展のため、同九年六月、甲府城跡に県立勧業試験場を創設し、推奨加工場併設。業界の発展に尽力した。受講生の一人、市川大門町の長田市太郎は成績優秀のため、研磨技術の先進国である清国(中国)へ半年間派遣され先進地の技術を習得し、明治十一年長田氏は家族とともに甲府へ移り、清国伝習水晶細工所を創設した。と文献にある。
明治初期より明治二十四年に至る間は印章店を明らかにする資料は少ない。その中で甲府市の南陽堂田草川印房が、同家の家計によって明らかになった。それによると創業は明治十年と記され、甲府市中央四丁目(旧柳町)の田草川印房の現当主田草川恵一は、その三代目である。
明治十八年(一八八五)出版の『山梨県甲府各家商業便覧』には、金、銀、水晶、版木、御印判師谷村貞七(号幽蘭)がただ一人掲載されている。
明治二十四年発行の『甲府市内商業評判』の中に、柳町一丁目・土屋松次郎、柳町二丁目田中清次郎の二名が出ているだけであるが、明治二十七年(一八九一)発行の広告「山梨繁昌明細記」には次の業者が連載されている。
甲府、柳町 南陽堂 八日町 玉潤堂 柳町 清玉堂 三日町 玉泉堂 寿町 精美堂 桜町 土屋宗幸 柳町 含章堂 柳町 玉曜堂 柳町 土屋友次郎 柳町 丹沢駒次郎 郡部・富里村 佐野加久太郎・西島村 修竹堂 身延町 三桝屋 五開村 望月儀助
右十四の印章業者が記載されている。
この明治二十七年の山梨繁昌明細記の中に掲載されている広告欄には、他の四‐五倍ぐらいのスペースをとり南陽堂田草川印房(店主田草川徳次郎)が大きく宣伝している。広告では、徳次郎は清国人から篆刻の刀法技術を修得し、金・銀・銅・鉄・玉石などの印材を使いお客さんの要望にこたえます。また、甲州産の水晶は緻密精工で他に真似の出来ないような彫刻をしますので倍旧の御用を仰せつけられたい。と宣伝している。また、「創設明治十年」とみえるので、この業界では最も古い印章店ではないかと思われる。
「広告」
創業明治十年 甲府市柳町
南陽銅 田草川徳次郎
○ 篆刻師
茅堂義、従来寅刻斯業に勉勵罷在候所、江湖諸氏ノ御愛顧ヲ蒙栄候段感謝ノ至リニ堪ヘス、爾後猶斬道ニ刻苦黽勉曽テ清国人ニ就キ親ク学ヒ得タル刀法ヲ以ッテ、金銀・銅・鐵・玉石等総テ御下命ニ隋ヒ、彫刻仕ルヘク候、就中等国産水晶ノ如キハ最モ緻密精工風韻雅致ヲ旨トシ、他人ノ模擬シ能ハサル様彫進仕候間、冀クハ倍旧御用向仰付ラレン?ヲ謹告。
(明治二十七年・『山梨繁晶明細記』より)
難解な字句を並べた広告文は、その時代を知る貴重な資料である。また、この『山梨繁昌明細記』の末尾に、日本橋大伝馬町三丁目刻師芦野楠山(本県出身の篆刻の大家)の名前が記されている。
これらの各種刊行物や、その他の広告、折込を利用した宣伝販売が国内にもぼつぼつ始まった時代と推測される。
このころ博覧会や共進会への作品の出品参加もあり、約束郵便による通信販売業も出現し、行商販売と、これらの努力により山梨のハンコは全国へ浸透普及していった。
県外の印章店も盛んに宣伝するようになった。大正時代の広告の一部を記載する。これは千葉県のもので広告のスローガンが面白い。
(1)大発展の広告活眼を開き活文を見たまふべし
(2)首とつり替の元素諸君必ず熟読したまふべし
(3)文意貫徹せば手の舞ひ足の踏むをしらざるべし
と三つのスローガンが購買力をかりたてている。
「大発展の広告活眼を開き活文を見たまふべし」
大正三年
出張営業所開設広告 祥雲堂謹白
  月
出張営業所開設広告 祥雲堂謹白
◎幣舗印刻、業明治十八年中開店以来其我ヲ選ビ其裂ヲ精ウシ且ツ其成工ノ期日ヲ愆ラザルトニ因リ諸彦ノ愛顧ヲ辱ラシ陸続貴囑ヲ蒙ルニ至ル然ルニ遠隔ノ地ヨリ御注文ノ節態々御来臨ニナルモ事故アリテ即時ノ後需要ニ應ジ兼候事往々コレアリ實ニ幣家ノ常ニ憾ミトスル所ナリ因テ今回鶴舞町ニ於テ毎月一六ノ日出張営業致シ諸君ノ便宜ヲ謀ラントス請フ遠近ノ貴客倍舊ノ光顧ヲ垂レタマヒ陸続御注文アランコトヲ希望ス
○方今本朝古印體ナルモノ盛ニ行ハレ官私共ニ之ヲ称用ス然レドモ作家多クハ古印ノ典型ヲ講究セズシテ従ラニ変怪ハカリカタキ漫?ノ迹ヲ?シテ以テ古體を得タリスルハ豈概嘆ニ堪エザランヤ今ニシテ之レヲ矯正セズンバ終ニ俗戯ニ墜チントス弊堂斯ニ感アリ因テ木朝古印體ナルモノヲ?して華客ノ展覧ニ供ス
○仰印章ノ要タルヤ精確ナラザレバ信用ヲ示スノ具トナスニ足ラズ今ヤ我邦萬般ノ技芸日ニ將ニ美術の聲月ニ盛ニシテ朝野ヲ論ゼズ貴賤共に高尚優美ノ風ニ做ヘリ誰カ拙刻?悪ノ印章ヲ用ユル?ヲ欲セザラン夫レ實印ハ財産保護ノ要具ニシテ苟モ家産ヲ有スル者ニハ最貴重ナル必需品ナリ然ルヲ六書ノ義ヲ解セズ篆法章法刀法ヲ?ゼザル庸工ノ手ニ一任シ設令ヒ誤字錯篆アルモ恬トシテ顧ミザルハ豈浩嘆ニ耐ユベケンヤ是レ實印ノ貴重ナル所以ヲ解セザルナリ江湖ノ君子實印ノ貴重スヘキ所以ヲ諒ニセヨ
印譜例(略)
受堂例(略)
○御注文ノ節物品代金ノ半額以上申受候事
弊堂ノ製品ハ他店ヨリハ高価ナレドモ彫刻ノ美ハ勿論誓テ華客ニ満足ヲ呈セン?ヲ期ス
以下略
祥雲堂印房 篆刻士 阿部芳蔵
広 告(明治三十四年七月発行の「峡中文学」第七号の誌上)
国産水晶印美術彫刻
風雅精巧高尚優美真に美術の名に恥ざらんことを期す
字体 篆隷楷行草及古印体の? 御望次第
刻科 壱文字に付金三拾銭以上金壱円以下御望次第
注文 前金又は代金引換小包なれば見積金の半額を前払とす
印材 一個に付き認印金三拾銭以上金壱円まで
実印金五拾銭以上金弐円まで
為替 は甲府局払渡の事
弊堂は明治維新前より開業継続する所にして幸い四方諸彦の眷顧を蒙り日に月に隆盛に赴き候段感謝の至りに候、依って自分益々励精刻料印材共々に価を軽減し以て其思遇に報いんとす 希くは倍旧御懇命あらんことを 「謹白」
注・主に地方で発行される文学雑誌を利用した宣伝広告である。右は国華堂篆刻師山田白峰の広告である。

目次へ戻る

<前のページ次のページ>