朱印と黒印

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朱印と黒印

海外渡航許可状は御朱印状で知られているが、社寺領に対しても御朱印が使われた。十万石未満の大名や旗本の知行についても朱印であった。十万石以上の大名には将軍の書き判(花押)であり、軽微な事項や私的文書には黒印が用いられたといわれている。事項の軽重におうじて書き判、朱印黒印というように使い分けたものと思われる。
明治の新制度 明治六年十月一日以後人民相互の証書に花王を用いることを禁じ、諸証書の姓名は必ず本人が自書して実印を押すべきものと定めたのである。
第一国立銀行では日々何百回と出される当座預金、請取証書、振出手形、為替手形に自書することは困難である旨を上申し、この書類のみ国立銀行では自筆の姓名を彫刻した印を作り、自身でこれを押し、かつ加印すべしとの許可がなされたのみである。このようにして国民等しく印章を用うることになり、この日を記念して、印章記念日とし、業界では毎年、全国で式典やイベントを行っている。

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